



20世紀50年代から、文化学·人類学·社会学·コミュニケーション学·外国語教育学などの分野において、異文化コミュニケーションに関する問題について関心が高まるようになってきた。異文化コミュニケーション研究における主たる課題の一つであるICC能力は、異文化接触のプロセスの明確化と異文化を持つ人と円滑な交流ができる人間育成のため、その研究が行われているものであり、異なる文化的背景を持つ人間同士のやりとりにかかわる様々な能力を包括的に捉えた概念である。
最近、中国の国内·国外の政治的·経済的情勢の変化により、異文化接触が増加している。このような情勢に伴って、中国の外国語教育分野(日本語教育分野も含まれる)のあり方も大きく変わりつつある。言語コミュニケーション能力だけではなく、グローバル人材育成の要求に応えるべく実用的なICC能力研究とその育成への要請が高まっている。
日本語専攻教育において、こうした変化の1つを象徴的に表すのは、教育目標が日本語を使うICC能力へ転換されることといえよう。“高等院校日語専業基礎段階教学大綱”
(2001)、“高等院校日語専業高級段階教学大綱”
(2000)は2000年から中国教育部が打ち出した学習指導要領である。“教学大綱”(基礎段階)においては、ICC能力が最終的な教育目標として明確に記述されている。田中(2013)は、ICC能力という教育目標の確立を契機に、日本語専攻教育が‘成熟期’
を迎えたと述べた。具体的に言えば、基本的な目標とする日本語能力の育成を広く定義し、‘複合型日本語人材育成が主張され、非言語的コミュニケーションや、異文化理解の重要性が説かれて行くこととなった’(田中2013∶93)。2011年に入ると、日本語専攻教育は‘転換期’を迎え、‘学習者の学習目的や、教育内容、方法に転換の機が訪れ、教育の内容や教授法、教科書の改革が急務とされるようになったのである’(田中2013∶100)。この‘転換期’を具体的に‘育成方法の転換、育成目標の転換、育成内容の転換’の面から扱っている(田中2013∶98)。転換される背景としては、‘成熟期’における従来の日本語コミュニケーション能力の目標からICC能力の目標への移行がある。
この‘成熟期’に対応して、‘転換期’以降どのような動向が見られるかと言えば、まず、2011年天津外国語大学で‘異文化コミュニケーションのための日本語教育’を主題として、‘第十回世界日語教育シンポジウム’が開かれ、同年大会の論文集である“異文化コミュニケーションのための日本語教育”が出版された。続いて、2015年8月には黒竜江大学で‘異文化コミュニケーションと日本語教育国際的シンポジウム’が開かれ、2016年5月には同済大学で‘異文化文脈における日本語教育’を趣旨とする‘日本語教育と日本学研究シンポジウム’が行われた。2015年度と2016年度シンポジウムは、中国教育部の主催により行われている。このことからも、日本語専攻教育におけるICC能力の育成の推進やその育成システムの確立の必要性が見られる。また、2017年4月には、成都で教育部日本語専攻教学指導委員会と中国日本語教学研究会が主催する‘第三回全国高等教育日本語専攻教学改革と発展のシンポジウム’が開催された。このシンポジウムの中心的な議題は、外国語教育分野の中で、どのようにクリティカル能力とICC能力を育成するかであり、この問題をめぐって見据え、議論が行われた。
以上のように、グローバル化時代を背景として、ICC能力教育の重要性が既に日本語専攻教育に浸透しており、この目標に対して、様々な方面から改革が始められてきているのある。
しかし、中国におけるICC能力とその育成に関する論文を対象に、文献研究を行った結果(第2章)から見ると、ICC能力とその育成についての研究は十分に行われているとは言えない。日本語専攻教育におけるICC能力の研究はその緒に就いたばかりで、ICC能力をどのように育成するかを中心として議論が行われている。その一方、ICC能力を育成するために最も重要なものである、教育内容の構築が無視される傾向にある。
川上(2005∶3)が指摘したどおりに、‘言語能力とは何かという命題が極めて重要である’。言い換えれば、実際の教育現場では、どのような能力を教育内容として設定すればよいかいうのがより現実的な問題なのである。
そもそも、ICC能力自体が複雑なものであるため、日本語専攻教育においてその内容が具体的にどのような能力によって構成されるのか、まだ、解明されていない面があると考える。しかし、日本語専攻教育の目標の転換に合わせて求められる能力の内包的意味を、科学的方法により検討しなれば、ICC能力はどのように育成すれば有効なのかという課題に基盤を与えられず、その結果、日本語専攻教育におけるICC能力教育についての検討は無意味になるであろう。
そこで、本研究では、実証的基礎研究を行い、中国の日本語専攻教育におけるICC能力を育成するための教育内容を明らかにすることを試みる。