日常言語の他動詞構文や自動詞構文は,外部世界のさまざまな事態を表現する。一般に,ある存在からある対象への能動的な行為を表現する場合は他動詞構文で表現され,ある存在の状態ないしは自律的な変化を表現する場合は自動詞構文で表現される傾向が認められる(山梨 1995:236 参照)。他動詞構文に関してはその典型例として次のような文が考えられ,文の主語の位置に意図性をもった有生の人間名詞が係るのが基本的である。
(1)a.太郎がグラスを割る。
b.子供がおもちゃを壊す。
c.猟師が熊を殺す。
(山梨 1995:239)
一方,(1)と同様な 「N-がN-をV-する」という典型的他動詞文構造をとっているが,主語の位置に 「人間」以外の無生物名詞が立ち,典型例から外れた他動詞文として成立する場合がある。
(2)a.樹木がマンションを囲む。
b.蔦が壁一面を覆う。
(山梨 1995:241)
(3)a.ハリケーンが家屋を崩す。
b.不況が日本を襲う。
c.集中豪雨が橋を流す。
(山梨 1995:267)
(4)a.台風が九州を襲った。
b.大水が家屋を押し流した。
(角田 1991:49)
上掲例では自然現象、自然物、抽象的事柄などを表す名詞が主語に現れているが,こういった有生主語から外れた無生物主語をとる他動詞文が,典型的他動詞文と同様な文法構造を有している現象には意味的にどのような解釈を与えればいいのであろうか。無生物主語の他動詞文はいかなるメカニズムに基づいて成立しているものなのか,さらに典型的他動詞文からどのような動機付けに基づいて拡張されているのか。本章ではこれらの問題に対して日中両語の言語データを用いて認知言語学的観点から解明したいと思う。無生物主語他動詞文の成立に係わる意味的要因を明らかにするとともに,無生物主語他動詞文に関する日中両語の 「捉え方」の違いも明らかにしたい。