‘ねえ、 兄 さん、ちょっと、 道 がちがうよ。 大 学 に 向 かってる!’
ヒロは、 自 分 が 行 きたいほうに 走 っていないことに 気 がつき、 運 転 するタダシに 聞 こえるように、 大 きな 声 でいった。
‘ああ。ちょっと、 大 学 に 忘 れものをしたんだ。すこしよるだけさ。’
タダシは、 自 分 が 通 う 大 学 に 向 けて、バイクを 走 らせていった。
サンフランソウキョウ 工 科 大 学 。
タダシは、 研 究 室 のあるビルの 前 に、バイクをとめた。ヒロは、しかたなく、タダシの 後 に 続 いた。
タダシから 聞 いてはいたが、ビルの 中 は 最 先 端 の 研 究 室 だった。ヒロには、 目 に 入 るものすべてがおもしろそうで、きょろきょろしている。
‘へえ~、さすが、 兄 さんの 研 究 室 には、 新 しい 機 械 がそろってるね。これは 3 D プリンターでしょ?それも、あらゆる 素 材 で 作 れる 最 新 のだ。それに、あのカッターはセラミック 製 ?やっぱり、すごいなあ。’
タダシは、ヒロが 感 動 している 様 子 を、うれしそうに 見 ている。
‘ちょっと!そこ! 危 ない!’
高 速 バイクに 乗 った 女 の 子 が、タダシとヒロの 前 を、ものすごいいきおいで 通 過 してとまった。 女 の 子 は、 高 速 バイクからおりると、それをかるがると 手 で 持 ちあげ、 研 究 室 の 壁 のラックに 引 っかけた。
‘すっごい!それ、 電 磁 サスペンションだよね!’
ヒロはおどろきながら、 触 りたそうに 手 をのばした。
女 の 子 は、 黒 いヘルメットをぬぐと、ヒロに 聞 いた。
‘あんた、だれ?’
‘ああ、ぼく、タダシの 弟 のヒロです。’
ヒロはあわてて 答 えた。
‘ヒロ、ゴー・ゴーだ。 研 究 室 の 仲 間 さ。’
タダシは、ヒロに 紹 介 した。
‘この 電 磁 サスペンション、すごいですね。’
ヒロがそういうと、ゴー・ゴーはうれしそうに、 自 分 の 自転 車 の 後 輪 を 回 してみせた。
‘ああ、これね。ゼロ 抵 抗 なの。だから、すごく 速 く 走 れる。でも、 走 れるだけじゃだめなんだなあ。まだ、ぜんぜん 使 えない。’
ゴー・ゴーはそういうと、 車 輪 をはずして、ごみ 箱 に 捨 てた。そしてヒロの 目 の 前 で、 3 D プリンターのスイッチをおし、 新 しい 車 輪 を 作 りはじめた。
研 究 室 では、 最 新 の 設 備 がいつでも 自 由 に 使 えるようになっているらしい。ヒロは、 想 像 していたよりも、 大 学 の 研 究 室 がおもしろそうに 思 えてきた。
ブーン!
広 い 研 究 室 の 片 すみから、とつぜん 大 きな 音 が 聞 こえてきた。そっちを 見 ると、 筋 肉 質 で 大 がらな 男 が、けんめいに 部 品 を 組 み 立 てている。あいさつをしようと 近 づくと、 注 意 されてしまった。
‘お、おい、 近 づくな。その 線 よりさがってくれ!’
ヒロが 足 もとを 見 ると、 床 に 白 い 線 が 引 かれている。ヒロたちはうしろにさがった。
‘よう、ワサビ! 弟 のヒロを 紹 介 するよ。ヒロ、こいつが、ワサビだ。 物 理 学 専 攻 なんだ。’
ワサビは、とてもきちょうめんで、 道 具 の 置 き 場 所 も、 自 分 が 作 業 する 位 置 も、 何 もかも 決 めている。一センチでもずれると、いやなのだ。
‘おれさまには、 決 められた 法 則 があるんだ。これはここに、あれはそこに 置 くんだ。’
ヒロは、ワサビが 使 いこなしているレーザー 有 機 プラズマを 見 て、 感 動 しっぱなしだ。
‘あっ、これ、 借 りるわね!’
ゴー・ゴーが、ワサビの 机 の 上 に 置 いてあった 工 具 をさっとうばった。
‘こら、 何 するんだ!おれさまの 城 から 勝手 に 持 っていくなよ!ああー、おれさまの 机 の 上 をめちゃくちゃにした!おれは、 工 具 をちゃんと 決 めた 場 所 に 置 いていないと 研 究 できないんだぞ!’
ワサビは、 神 経 質 に 怒 りだした。
‘だいじょうぶ。すぐ、きれいにして 返 すから。’
ゴー・ゴーはそういうと、ワサビの 工 具 で 自 分 の 作 業 を 始 めた。
そこへ、 研 究 室 の 仲 間 、ハニー・レモンがもどってきた。
ハニー・レモンは 化 学 薬 品 や 金属 を 使 いこなして、 世 の 中 に 役 立 つものを 作 ろうと 研 究 している。
この 研 究 室 では、タングステン・カーバイド、ロバルトなどの 金 属 素 材 も 準 備 され、 自 由 に 使 えるようになっていた。
ハニー・レモンは、 化 学 薬 品 が 入 ってマシンのタッチパネルをうごかして、ケミカルボールを 作 っている。その 目 はきらきらしていて、 楽 しそうだ。
大 学 の 研 究 室 のふんいきも、ヒロが 思 っていたよりも、 自 由 だった。
‘みんな、ニックネームなんだけど、ぜんぶ、フレッドが 考 えたんだよ。’
タダシが、 説 明 しているところへ、 怪 獣 のきぐるみ 姿 のフレッドが 来 た。
‘やあ、やあ。おれはフレッド。 大学 のマスコットさ!’
あいさつを 交 わすと、ソファーにどすんとすわり、 漫 画 本 を 読 みはじめた。
フレッドは 学 生 ではないが、 科 学 マニアで、 特 別 に 大 学 の 研 究 室 への 出 入 りがみとめられていた。
タダシは、ヒロの 背 中 をおして、 自 分 の 研 究 スペースに 連 れていった。そして 机 の 引 き 出 しからガムテープを 取 りだし、すこし 切 りとると、ヒロの 腕 に 貼 りつけ、バリッとはがした。
‘いてっ!!’
ヒロは、タダシがいきなりテープをはがしたので、 大 声 をあげた。
‘ 兄 さん、 何 するんだよ! 痛 いじゃないか!’
タダシは、にやっと 笑 った。
警 告 音 が 鳴 り、 部 屋 のすみにあった 赤 い 箱 のフタが 開 き、 白 い 何 かがふくらみはじめた。まるで 風 船 のような 白 いものが 中 からでてくると、ヒロたちの 目 の 前 に 歩 みでた。
‘ワタシは、ベイマックス。 痛 みを 感 知 しました! 今 から、あなたの 痛 みをスキャンします。 痛 みは、十 段 階 だと、どれくらいですか?’
ベイマックスは、 自 分 の 胸 を 指 さして 聞 いた。
胸 には、 人 の 顔 の 表 情 を 表 した 絵 が、十 個 浮 かびあがった。にっこりした 笑 顔 のマークから、つらそうな 顔 つきのマークまである。
ヒロがあっけにとられていると、ベイマックスがヒロの 症状 をスキャンする。
‘これは、ただの、すり 傷 ですね。’
ベイマックスは、 手 から 消 毒 液 をヒロの 腕 にふんしゃしていった。
‘さあ、よくがまんしましたね。アメをあげましょう。’
‘これが、おれが 今 、 取 り 組 んでいるロボットなんだ。ハイパースペクトルカメラをとうさいし、チタンとカーボンファイバーでできている。四百五十キロくらいのものを 持 ちあげることができるんだ。’
タダシいわく、あらゆる 癒 やし 方 がプログラミングされているらしい。
‘ 治 療 する 相 手 が、『 満 足 した。』というと、ベイマックスの 任 務 は『 終 了 』になるんだよ。 見 ていて 癒 やされるだろ?’
‘うん。マシュマロみたいなロボットだね。’
タダシが、ちょうどベイマックスの 話 を 終 えたところへ、 指 導 教 授 のバート・キャラハン 教 授 がやってきた。
‘やあ、タダシくん、ずいぶん 研 究 が 進 んでいるようだね。おや、この 子 は、きみの 弟 かい?たしか、ヒロくん?’
‘はい、キャラハン 教 授 。 弟 のヒロです。’
タダシが 紹 介 すると、ヒロは 軽 く 教 授 におじぎして、ポケットから、 自 分 の 小 さなロボットを 取 りだした。
‘どれ、 見 せてもらうよ。’
教 授 は、ヒロの 自 作 ロボットを 受 けとり、じっくりたしかめている。
‘ほほう、なるほど。これは、 電 磁 ベアリングサーボかな?’
‘そ、そんな、 感 じです。ロボット・ファイトで 使 うんです。’
ヒロは、 恥 ずかしそうに 答 えた。タダシの 指 導 教 授 は、 世 界 的 なロボット 工 学 の 学 者 で、ヒロは 自 分 のロボットを 見 てもらえるとは、 思 ってもいなかった。
‘うん、これはすごい。とてもよくできている。うちの 娘 もロボット・ファイトにあこがれてたよ。タダシくん、きみの 弟 さんはとても 見 こみがありそうだ。ヒロくん、この 大 学 への 入 学 を 考 えてみないか? 今 度 の、 研 究 発 表 会 に 参 加 してみてはどうかね?ぼくの 評 価 が 高 ければ、 入 学 許 可 証 をあげるよ。ロボット・ファイトより、 世 界 を 変 えるロボットをここで 作 らないか? 将 来 を 期 待 しているよ!’
キャラハン 教 授 は、めったにそんなことをいう人ではない。 兄 のタダシは、あらためて、ヒロの 能 力 がすごいのだと 感 じた。
教 授 は、にこりと 笑 って 研 究 室 をでていった。
‘ヒロ、ロボット 工 学 の 世 界 的 権 威 の 教 授 が、あそこまでいうのはめずらしいんだぞ。おまえ、 本 気 出 して、 研 究 発 表 会 にでたらどうだ?ロボット・ファイトで 暮 らしていくより、 未 来 を 変 えるロボットの 研 究 をしたらどうだ?’
ヒロは、 大 学 なんてくだらないと 思 っていたが、 教 授 にはげまされ、タダシにもいわれて、 決 意 した。
‘ 兄 さん、ぼくも、ここで 勉 強 したい。 大 学 に 入 るには、どうしたらいい?’
‘ 教 授 が 話 してた 研 究 発 表 会 でうまくやれば、 入 れるよ。’
タダシにそういわれ、ヒロは、 研 究 発 表 会 に 応 募 するために、 急 いで 大 学 の 受 付 に 走 っていった。
タダシは、 胸 をなでおろした。ヒロはずっと、なんのために 生 きているのか 迷 っているようだった。やっと 自 分 の 目 標 を 見 つけられたのかもしれない。
しかも、 自 分 と 同 じ 道 を 歩 んでくれると 思 うと、タダシはうれしくてたまらなかった。 両 親 を 幼 いころに 亡 くしてから、タダシは、ヒロの 父 親 がわりとして 過 ごしてきたからだ。
‘ああ、やっと、ヒロが 自 分 の 夢 を 見 つけたようだ。 父 さん、 母 さん、 見 守 っていてください。’
その 日 から、 研 究 発 表 会 に 向 けて、ヒロは 必 死 にアイディアを 練 りはじめた。
‘うーん。キャラハン 教 授 が、 腰 をぬかすくらいのロボット……。どんなのがいいのかなあー。うーん。 大 学 にいれてもらえるだけの、すごいのが 何 かないかなあ。ああ、なんにもいいアイディアが 浮 かばない。’
ヒロは、 机 の 前 にすわり、パソコンとにらめっこしている。 集 中 して 考 えてはみるが、なかなか、おもしろいアイディアを 思 いつかない。
‘ねえ、 兄 さん、ぼく、わからなくなっちゃったよ。’
するとタダシは、ヒロをさかさにして、こういった。
‘じゃあ、こうして 頭 をふってみたらどうだ?アイディアがこぼれてくるかもしれないよ。いや、いや、それは 冗 談 。 今 までひとりで 作 ってきたものの 知 識 を、 一 度 まとめてみるんだ。おまえなら、きっとできるよ。みんなが、どんなロボットを 必 要 としているのか、あせらずに、よく 考 えてみるといい。’
タダシは、ヒロの 肩 をたたいた。
‘ちがう 方 向 から、ものを 見 るんだ!ヒロならできる。’
‘そうだ!’
ヒロは、ロボット・ファイト 用 のロボットを 見 つめるうちに、ひらめいた。
ヒロは、 家 のガレージに 引 きこもった。 小 さいころから、ヒロは、もの 作 りが 大 好 きで、すこしずつ、こつこつ 集 めた 工 具 や 機 械 が 置 いてあった。ヒロはその 部 品 で、 3 D プリンターまで 作 りあげた。
そして、 新 しくプログラムを 組 み 直 したり、ロボットの 模 型 を 試 作 したりするうちに、あっというまに 数 か 月 が 過 ぎていった。