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4.残されている課題と本研究の立場

4.1.残されている課題

以上、授受動詞構文に対する構文的特徴、意味的特徴、そしてその他の観点からの先行研究を概観してきた。これらの研究を通して明らかにされた点について整理をすると、第一に取り上げなければならないのは、日本語の授受動詞構文は人称制約の下で3系列の構文形式に類分けされて共存していることである。これは汎言語的に見れば特異な体系であると言えるが、それは、<話し手関与性>、「話し手視点」、或いは「話し手中心性」が関与していることに起因していると言うことができる。

また、日本語授受動詞構文の表す意味に対する研究は恩恵性表出という意味特徴に集中している傾向が強く、恩恵性の問題やそれに関連する諸問題が授受動詞構文の意味特徴の研究の中心的な課題になっている。

しかし、先行研究においては、少なくとも以下の四つのことが課題として残されており、その解決が待たれている。

第一に、日本語の授受動詞構文の3系列並存という構文的特徴の特異性とそれに関連する意味特徴に注目するあまりに、授受動詞構文の本質、即ち授受動詞構文の表す基本的な意味が「モノの移動」であるという汎言語的共通性を見過していることである。

第二に、授受動詞構文の「モノの移動」という本質的意味特徴に立脚することにより、日本語授受動詞構文の意味を体系的に考察、分析した研究がほとんどないことである。

第三に、授受動詞構文の意味的特徴を構文的特徴と関連させて、構文的特徴と相関関係を有するものとして捉えたものはあっても、授受本動詞構文を「物の授受」、そして補助動詞構文を「ことがらの授受」、或いは「ものの授受」と「恩恵の授受」として、両者をまったく分断して考察しているところに課題が残されている。

以下例(22)のように、授受動詞構文の基本となっている「モノの移動」は本動詞構文aであれ、補助動詞構文b、cであれ、意味特徴として内包されている言語事実は数多く見られ、「物の授受」と「ことがらの授受」、或いは「ものの授受」と「恩恵の授受」に分断した分析では言語事実の本質に迫ることはできない。「モノの移動」という意味における関連性や連続性、それとともに、本動詞構文と補助動詞構文、さらに補助動詞構文の間に存在する構文的な関連性についてはこれまでほとんど言及されてきていない。

(22)a次郎が太郎に切手を くれた。 /次郎给了太郎一枚邮票。

b次郎が太郎に珍しい切手を 売ってくれた。

/次郎 卖给 了太郎一枚稀有的邮票。

c次郎が太郎 のために(に) 珍しい切手を 見つけてくれた。

/次郎 为(给) 太郎 搜集 到了一枚稀有的邮票。

d次郎が(手の不自由な)太郎 のために 切手を 貼ってくれた。

/次郎 (手不方便的)太郎 贴上 了邮票。

第四に、(22)では、b、c、dは同じ構文であるにもかかわらず、動詞が入れ変わったことによって「太郎に」から「太郎のために」に変化させなければならない理由についてはまったく論及されていないことである。

山田(2004)は、物の授受を表す場合に、サンスクリット語、チベット語、サモア語、そして中国語も含めて、これらの言語には、完全に独立した2形式の対立は認められないが、これらの言語を除けば、類型論的に見て、「英語のgiveとreceiveの対立のような与え手側·受け手側いずれの立場から授受を捉えたものであるかという二項対立として現れることが多い。このような二項対立を持つ言語は特に系統に偏ることなく広く見出せる。」(山田,2004,p.334)と指摘し、英語、レト·ロマンス語、カザフ語、ヒンディ語、インドネシア語、モンゴル語、ネパール語などもそうであるとしている。そして、「日本語のような三項対立を持つ言語は極めて稀である」(山田,2004,p.334)とも述べている。

日本語の授受動詞構文に見られる3系列並存はこのように、汎言語的に見て特殊な体系であることによって、これまで注目を浴びてきているのある。しかし、このような日本語授受動詞構文の3系列並存という構文間の、所謂「外的」関連性があまりにも注目されすぎたことによって、その「内的」関連性、即ち本動詞構文と補助動詞構文との構文的関連性が看過されるという結果を招くこととなった。構文上の「内的」関連性が看過されれば、意味上の「内的」関連性、即ち「モノの移動」という本質的な意味における関連性と連続性も当然のことながら看過されてしまうこととなる。

一方、先行研究で見てきたように、「モノの移動」という授受動詞構文の本質的な意味特徴に着目した先行研究がないわけでもない。佐久間[1983(1936復刊)]、小松(1964)、豊田(1974)、奥津(1979)などを代表とする研究はいずれも、授受動詞構文が表す事象の本質を「モノの移動」と位置づけている。そればかりではなく、その移動の方向性をイク·クルが表す方向性との相関関係にも着目している。しかし、これらの研究はいずれも「モノの移動」の本質的意味特徴に着目しながら、こうした意味特徴を支えている構文的特徴については目が向けられておらず、それがために、当然のことながら、構文上の「内的」関連性も見過してしまっている。

これに対し、宮地(1965)は、授受動詞構文の3系列並存という構文間の「外的」関連性に着目したばかりではなく、本動詞構文と補助動詞構文の構文上の違いにも着目しているところから見れば、ある種の「内的」関連性にも着目していると言うことができる。しかし、それまで注目されることのなかった構文上の「内的」関連性に着目はしたものの、意味上の「内的」関連性には目が向けられていない。それに対して、上野(1978)は、宮地の本動詞構文と補助動詞構文の構文上のこの関連性に関する論及を根拠にして、授受動詞構文の意味的特徴を、本動詞構文は「物の授受」とし、補助動詞構文は「ことがらの授受」と捉えた。しかし、前述したように、このような捉え方は本動詞構文と補助動詞構文の構文上·意味上の関連性とその連続性を根本的に分断するという結果を招くこととなった。

注目すべきことに、豊田(1974)は、補助動詞構文にも「モノの移動が伴う場合」があるとし、本動詞構文と補助動詞構文との意味的関連性について言及している。しかし、管見の限り、このような言及はそれまでにも、それ以後の研究にも見られない。さらに、これを前提とする意味的関連性、連続性を支える構文的特徴についての考察も同様に見当たらない。

4.2.本研究の立場

本研究では、授受動詞構文の意味特徴の本質を「モノの移動」とする立場に立ち、それを前提として、本動詞構文と補助動詞構文とは構文上·意味上のいずれにおいても、両者が相関関係を有し、その相関関係は連続性を有していると捉える。同時に、このような相関関係、連続性は補助動詞構文の内部でも存在していると捉える。

考察の手順としては、まず、授受動詞構文が表す汎言語的な「モノの移動」に立脚することにより、授受動詞構文が表す意味について、「モノ的授受」と「非モノ的授受」に分けて考察する。そして両者を相互に関連し、連続するものと捉え、その関連性·連続性を追究するために、構文に現れる動詞の語彙的意味特徴を手がかりとして、授受動詞構文の構文的特徴について考察し、分析を加える。

このような視点から考察·分析する本研究からは以下のような結果が想定される。

①本動詞構文と補助動詞構文との構文上·意味上の相互の関連性、連続性が総合的、且つ体系的に記述される。そして、このような関連性、連続性は、「モノの移動」を表す上での関連性、連続性であることが明らかにされる。

②授受動詞構文の構文と意味は、本動詞構文と補助動詞構文との中で、「モノ的授受」から「非モノ的授受」へと連続体をなしながら変化している。その「モノ的授受」から「非モノ的授受」への変化は、一種の構文上·意味上の拡張、ないし文法化として捉えられることが提示される。

③従来おしなべて恩恵性(恩恵的·非恩恵的多義性を含む)と捉えられていた補助動詞構文の意味的特徴を、構文上·意味上の拡張、ないし文法化の一環として提示され、そしてこの拡張、ないし文法化は一方向的、段階的拡張の性質を有するものであることが示唆される。

4.3.研究理論と方法

益岡(1992)は、補助動詞構文すべてを視野に入れて、構文が表す意味を重視する立場から、構文を「内的関連」と「外的関連」という二つの面から考える必要性と重要性を提唱している。益岡の言う「外的関連」とは、異なる補助動詞構文の間に存在する相関関係のことであり、「内的関連」とは、同じ補助動詞構文の間に存在する内的関連性を意味する。益岡で注目すべきことは、こうした関連性について、単に意味的関連性だけでなく、構文上の関連性についても同様に重要性を持つものとして、考察の視野に入れていることである。このような視点に立って、益岡(1984)はまず、テアル構文に対して考察し、益岡(1992)ではテイク·テクルについて、構文の「内的関連」について示唆の富んだ考察をしている。また、益岡(1992)では、テアル構文とテオク構文を主たる考察の対象としているが、補助動詞構文の「外的関連」についても考察を加えている。

このような構文論は、益岡(1978)で、「動的構文論」と称され、文節の線状的並列による文の構成を問題とする構造主義言語学における構文論の「表面的·静的」分析の欠点を補うものとして、文の内部構造、意味構造を重視する構文論として提示されているものである。

この構文論は、文の構成要素すべてを一つの立体的構造体に統一する述語の構文的機能に着目し、それを構文論の中心に据えている。また、この構文論は構文的機能によって構成される文全体としての完結性も重視しながら、構文と意味の両方からゲシュタルト的に構文を捉えようとする構文論であると言うことができる。

一方、この構文論は、Goldberg(1995)が提唱している構文全体の意味を一方的に際立たせ、動詞の機能や多義性を簡素化するような構文理論や影山(1996)で提起した動詞の語彙概念構造理論に見られるような、文の意味を掴むのに、述語動詞の意味一つを手がかりにする観点とも異なるものである。

そこで本研究は、益岡(1978、1992など)の構文論に立脚して、授受動詞構文について、「(テ)クレル·(テ)ヤル·(テ)モラウ」3系列の並存を構文の「外的関連」と捉え、本動詞構文と補助動詞構文、そして補助動詞構文内部の関係を構文の「内的関連」と捉えることとする。さらに本研究は授受動詞構文の「内的関連」を主な考察の対象とし、構文と意味の二つの面からゲシュタルト的に構文の意味的特徴と構文的特徴を分析し、その上に両者の関係を総合的、体系的に捉える立場から考察を進めていく。 v+XBtvYJ2cm2TsxBOu4lQe19pWW81YQB8dpDeXa+xsnAmQASJHNoEPnd4LNYT+rO

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